怪童から教育者へ

先月尿管癌のため、78歳で亡くなられた山本一義氏。
大阪ロマンズのコーチとして、10年間お付き合いさせていただいた方です。
温厚な性格で、試合に敗けて殺気立つチームの雰囲気を穏やかにする名人でした。

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山本さんは広島商業ー法政大を通じて怪童と言われた伝説の方で、様々逸話をお持ちなのですが、その逸話の1つに、一昨年の黒田選手とヤンキースの関係に類似したものがあります。

当時、広商の先輩である鶴岡監督率いる、南海ホークス入が確実視されていた山本さん。しかしカープ後援会の名誉会長だった池田勇人氏からの説得、そして広島駅でこれ以上ない、熱烈な歓迎で迎えてくれた広島市民の光景を目の当たりした瞬間、数倍の契約金である南海の条件が瞬く間に飛び “男気山本” となって、広島に入団したそうです。

「あの光景に遭遇したら、誰だって広島のために働こうと思いますよ!」と
ご本人が、強い口調で語られているお姿が思い出されます。

マスターズリーグでの山本さんの印象的な思い出に、野球教室を開いていた時のエピソードがあります。
少年たちの付添で来ていた保護者に対して、ミニ講演を催していたのですが、山本さんの講演を聞いていた保護者が涙を流し始めたのです。

その内容は、まるで学校の先生が生徒を諭すように、子供の育て方について説いているのです。

この講演は我々スタッフの間でも話題になっており、これがきっかけかはわかりませんが、晩年の山本さんは、学校関係や企業等の講師を受けられていたそうです。

まだまだ野球人として、教育論を語り続けてもらいたい、素晴らしいお方でした。

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